1月号 Vol.356【揺れる情報の中で、揺れない心を】

Written by 藤浪義孝牧師
さて、私たちが生きる現代社会は、もはや「情報過多」という言葉では言い表せない段階に入っています。SNSの即時性、生成AIの急速な普及、個人の嗜好に合わせて情報を選別するアルゴリズム──それらの発展により、私たちに届く情報は、量だけでなく速度や質、偏りの面でも大きく変化しました。
その結果、私たちは年々、安心よりも不安を、事実よりも感情を強く刺激する情報に触れる機会が増えています。経済の先行き不安、国際情勢の緊張、災害への懸念、社会の分断──こうした「揺れやすい話題」は必要以上に強調され、私たちの心を落ち着かなくさせます。2026年も、この傾向は続くことでしょう。 しかし、ここで覚えておきたいことがあります。情報は私たちの心を照らす「光」ではなく、時に向きを変える「風」のようなものだということです。風は強く、冷たく、予測不能な方向から吹くこともあります。けれども、まことの神に信頼する者が立つべき土台は、風に左右されるものではありません。聖書・詩篇46篇はこう語ります。
「神はわたしたちの避けどころ、また力。苦しむとき、そこにある助け。」
世界がどれほど揺れても、社会が予期せぬ方向へ動いても、神の恵みと御手は揺らぐことがありません。むしろ、世の声があまりにも大きくなる時こそ、私たちは「静まる」必要があります。喧騒に心を奪われるのではなく、神が語られる静けさに耳を澄ますこと──それは、時代や文化を超えて信仰者が大切にしてきた姿勢です。
ヨーロッパの混乱の時代、また日本の江戸時代のキリスト者たちは、迫害や制限の中で、声高に信仰を主張するのではなく、静けさの中で祈りと御言葉を守り続けました。家庭の中で、また小さな集まりの中で、福音は慎み深く、しかし確かに受け継がれていったのです。
その静かな信仰の灯は、長い時を経て再び公に輝き、四国・高知へ、そして海を越えてハワイへと導かれました。こうしてこの地に「マキキ聖城キリスト教会」が誕生しました。江戸の静かな家々で守られた信仰が、太平洋を越え、教会を生み出す種となったのです。
今月の証
「本山ジュリア物語」
「あなたの手もとにあるなすべきことはみな、自分の力でしなさい」(伝道者の書9章10節)および「愛をもって互いに仕えなさい」(ガラテヤ書5章13節)の御言葉をまさに身をもって実行なされた先生でした。本山先生の大きな望みは主の御言葉にありました。
ムーディ聖書学院の門に「あなたは熟練した者、すなわち、真理のみことばをまっすぐに説き明かす、恥じる事のない働き人として、自分を神にささげるよう、努め励みなさい。」(第二テモテへの手紙2章15節)が刻まれてあります。
永遠に変わることのない神の御言葉を信じ受け入れ、一生懸命御言葉を学び、恥じることのない練達した働き人になって、神様に自分を捧げるように努めは励まれました。失われた魂のために重荷をもって一生懸命福音を宣べ伝え、人々、特に青年男女が主に導かれ、献身へと導かれ、日本各地へ送られました。
こんなエピソードもあります。ある人に本山先生をご紹介したとき、その人は「えっ!」とびっくりした声を上げ、しばらく声が出ませんでした。そして「失礼しました。本山先生のおうわさはよくお聞きしておりまししたが、てっきり男性の先生だと思っておりました。」と言われたのです。
本山先生の大きな望みは主イエス様のご来臨で、そのときには、しみもしわもない全く聖なる者として主をお迎えすることのできることでした。キリスト・イエスにおいて天上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っておられました。
本山先生の聖書には5つの冠が記されています。
- 栄冠の冠 神の御言葉を忠実に伝えるため(第一ペテロ5章2節~4節)
- 喜びの冠 魂を主に勝ち取るため(第一テサロニケ2章19節~20節)
- 不朽の冠 明確なキリスト者の証しのため(第一コリント9章25節~27節)
- 命の冠 試練と誘惑に立ち向かうため(ヤコブ書1章12節)
- 義の冠 主イエス・キリストの来臨を信じるため(第二テモテ4章8節)
これらの冠は自分の誉れのためでなく、主の御前に捧げるためのものです 主をあがめます
「私たちにではなく主よ、私たちにではなく、あなたの恵みとまことのために、栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください」(試練115篇1節)
関連記事
Related
2月号 Vol.357【愛の月、そして立ち止まるとき】
2月は、バレンタインデーのある月として知られています。カードが交わされ、花が贈られ、愛が祝われます。そこには喜びがあり、期待があり、時には静かな孤独もあります。 日本では、バレンタインデーは少し独特な形で祝われてきました。女性が男性にチョコレートを贈り、「本命」「義理」「友」といった言葉も生まれました。1か月後のホワイトデーには、お返しが期待されます。この習慣を楽しいと感じる人もいれば、言葉にされない期待や社会的なプレッシャー、そして「自分の思いは返ってくるのだろうか」という不安を抱く人もいます。...
12月号 Vol.355【寄り添う存在を求めて】
不安の多い時代に、私たちはどこに安心や希望を見いだすことができるでしょうか。 未来が読めない時、経済的に苦しい時、そして心が疲れてしまう時、多くの人は「見えない大きな力」や「宇宙の調和」に思いを向けます。それは、現代社会の不安の中で、人が自然に求める心の反応なのかもしれません。しかし同時に、「大きな存在は感じるが、その愛はどこにあるのか」「日々の生活の中で確かなつながりを感じられない」と語る人も多くいます。...
11月号 Vol.354【感謝の心を取り戻すとき】
11月は感謝祭の月です。私たちが一年を振り返り、神の恵みと導きを数える特別な時期です。この季節にあらためて「感謝する心」を思い起こすことには、深い意味があります。 英国の新聞『ガーディアン』の記者、スチュアート・ジェフリーズ氏は、「なぜ私たちは、選択肢が多すぎることに疲れてしまうのか」という記事を書きました。「選択肢がまったくない」とき、無力感を覚えることは誰でも知っています。けれど、実は「選択肢が多すぎる」ときも、同じように疲れ、混乱してしまうのです。 たとえば、「今日は映画でも見よう」と思ったとします。でも、どこで見ますか?...


