2月号 Vol.357【愛の月、そして立ち止まるとき】

Written by 藤浪義孝牧師
2月は、バレンタインデーのある月として知られています。カードが交わされ、花が贈られ、愛が祝われます。そこには喜びがあり、期待があり、時には静かな孤独もあります。
日本では、バレンタインデーは少し独特な形で祝われてきました。女性が男性にチョコレートを贈り、「本命」「義理」「友」といった言葉も生まれました。1か月後のホワイトデーには、お返しが期待されます。この習慣を楽しいと感じる人もいれば、言葉にされない期待や社会的なプレッシャー、そして「自分の思いは返ってくるのだろうか」という不安を抱く人もいます。
この日本独特の文化は、とても人間的な姿を映し出しています。愛とは、単なる好意だけでなく、義務やタイミング、そして「与えたものが返ってくること」への期待とも結びついているのです。
ここハワイでも、多くの日系・日系アメリカ人の家庭が、この感覚をどこかで共有しています。チョコレートの形や習慣は変わっても、心の問いは同じです。「私は与えすぎていないだろうか」「これは返ってくるのだろうか」「もし返ってこなかったらどうしよう」。
こうして2月は、単なるロマンチックな祝祭の月以上の意味を持ち始めます。それは、「本当に私たちを支える愛とは何か」を立ち止まって考える時となるのです。多くの人が知っているように、愛は時にとても壊れやすいものでもあります。言葉は交わされ、贈り物は渡されても、関係は変わり、気持ちは薄れ、期待は満たされないことがあります。誠実な愛であっても、思い描いた通りに続かないことがあるのです。
今年の2月、私たちは結婚30周年を迎えました。妻は三人の息子たちを心から献身的に育て、今では皆20代の青年となりました。彼女の強さ、忍耐、そして愛は、長年にわたり私たちの家庭を形づくってきました。今日の私たちの生活にある多くの良いものは、その誠実さの実りです。愛は年月とともに変わります。成熟し、深まり、そして教えてくれます。長く続く愛とは、完璧な感情によるものではなく、「そこに居続けること」―共に留まり、耳を傾け、人生が容易でない時にも共に歩むことなのだと。
本当に私たちを支える愛とは何でしょうか。疲れ、失望し、自分自身に確信が持てない時にも、なお残る愛とは、どのような愛でしょうか。多くの人にとって、この問いは自然と信仰へと向かいます。
聖書は、愛を「私たちが始めるもの」ではなく、「受け取るもの」として語ります。それは、魅力や成功、価値に基づく愛ではありません。私たちの方からではなく、先にこちらへと向かって来る愛です。
人は誰しも、愛を求めています。気づいてもらいたい、大切にされたい、選ばれたいと願っています。キリスト教信仰は、このような形で神の愛を語ります。それは良い行いへの報酬ではなく、賜物です。「あるべき姿」に達してからではなく、「今いる場所」で出会ってくださる愛です。
2月は短く、あっという間に過ぎていきます。しかし、それこそがこの月の贈り物なのかもしれません。忙しい日々や期待、人間関係のただ中で、私たちに問いかけるのです。「私は、愛を得るために努力し続けなければならない者として生きているのか。それとも、すでに愛されている者として生きているのか」。
信じる人にとって、これは信仰の原点に立ち返る呼びかけです。迷いのある人、懐疑的な人、ただ関心を持っている人にとっては、宗教への招きというより、「考えること」への招きかもしれません。もしこの世界に本当の愛があるのなら、それはどこから来るのでしょうか。もし人間の愛を超えた愛があるのなら、それは今日、私たちに何を語りかけているのでしょうか。
この2月、チョコレートやカードに囲まれる中で、どうか色あせることのない愛に出会えますように。静かにあなたの名を呼び、休むことへと招く愛に。
「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛してくださった。ここに愛があります。」(ヨハネの手紙第一 4章10節)
今月の証
「本山ジュリア物語 No.2」
Written by 宣教部
【ハワイ移民の歴史】
1830年ころより、おもに製糖業におけるサトウキビ畑労働に従事するために、中国、ポルトガル、ドイツ、ノルウェー、スコットランド、プエルトリコなどから移住した。日本からの移住は1868年(明治元年)に始まり外国人移住者の70%を占め、1924年の排日移民法成立時には約22万人に達し、ハワイ社会の一翼を担うまでになった。本山ジュリアが生まれたのは、このような時代であった。
【キリスト教との出会いと日本宣教の召命 (25歳まで)】
「わたしはまだ小さい時に近所の娘さんに連れられて、はじめて日曜学校へ行ったようです。そして小学生時代に素晴らしいクリスチャンに出会うことができたことを感謝しています。小学校2年生の時の担任の先生は、わたしをとても可愛がってくださり、また祈りの勇者でした。また6年生の時に担任であった先生も熱心なクリスチャンで、教室内に一覧表を貼り出し、日曜学校へ行った子供たちには金の星のシールが貼られました。そのことが励みで日曜学校へ熱心に通うようになり、14歳のとき、イエス・キリストを信じて洗礼を受けました。それからというものは、熱心に聖書を読むようになり、日曜学校へ行くのが何よりの喜びでした。そし て、家に帰っては、その日に聞いたお話をよく母に聞かせてあげました。」高校を卒業して就職してから5年後、1933年の夏のキャンプで、ハワイの子ども伝道の召命を神から受けて献身しました。
そして翌1934年にイリノイ州シカゴにあるムーディ聖書学院に入学しました。そこでさまざまな出来事を通して神が本当に真実でいらっしゃるというすばらしい体験をしました。卒業直前になり、神はハワイではなく日本に行くことを私に示され、日本宣教への道が開かれたのです」 続く….
「この日をば、かの日に伝え」(福音交友会発行)より
編集後記
二月は「に(二)げる」と、言われるくらいあっという間に日が経ちます。そんな中、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開催され、連日の、素晴らしいパフォーマンスに魅せられています。やはり、私たちは神様に、美しいものに感動する心を与えられ、人々の賜物を喜ぶように創られたのだなと思います。間もなく終わってしまうイベントも、「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。」(エペソ人への手紙2章10節)のみ言葉をあらためて噛みしめる時となりました【玉寄朋子】
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