1月号 Vol.344【新年を迎えて】

Written by 藤浪義孝牧師
成人した頃、聖書からまことの神について知りました。「使徒行伝」という聖書の歴史書に、ギリシャのアテネに「知られざる神に」という碑文が刻まれた祭壇が一つだけあり(使徒行伝17:28)、使徒パウロがこの祭壇をきっかけにアテネの人々にまことの神について伝えたことを学びました。私は両親にその話をしましたが、期待通りの反応が返ってきませんでした。しかし、今思い出すと、あの時の話が、両親にとって福音のメッセージに触れるきっかけとなったと思わずにはいられません。それから数十年後、まず私の父が、そして次に母が、主イエス・キリストを信じ、唯一のまことの神を知りました。
去る12月25日に世界中でクリスマスが祝われました。マキキ教会でもクリスマスイブ日英合同礼拝が開かれ、たくさんの方々が出席されました。クリスマスキャロルのしらべに、聖書のことばを静聴し、まことの神を知らなかった世の人々に、天と地を創造された神が、肉をとって人となって顕れてくださったことに思いを潜めました。明るく光るろうそくの灯火を背景に、救い主の誕生の知らせを織り込んだ讃美歌を賛美するフラチームや聖歌隊チームや聖書朗読者たちの姿に、世界中の人々に対する神の愛を思い起こしました。
“生きる”という言葉にはとても力強い意味があります。また、意思を伴います。能動的です。“生かす”という言葉はどうでしょうか。誰かが生きることを助ける、支援する、サポートする、という意味合いを感じますね。“生かされている“と聞くと、誰かに支えられて、生きている感じがしませんか?
現在の力也兄の生活、生きるということは、全てにおいて、介護が必要です。食べることから、排泄。起きることから、寝ることまで。一つ一つの生きる動作は人の力を借りないとできません。その介護をするのが、母、三和子姉です。ベッドから車椅子へ。車椅子から、タクシーへ。タクシーから車椅子へ。そして会場へ。車椅子上では5分から10分おきに、座った姿勢を保つために、身体を上に持ち上げないといけません。排泄も数時間毎に介助しないといけません。間に合わない時には、濡れた衣服に着替えないといけません。それらの必要な物品を準備し、持ち運ばなければなりません。そのために沢山のバッグやスーツケースも必要です。ですから移動も大変です。母、三和子姉の愛と大きな犠牲があってこそ成り立っています。
私は、そのような状況で今回同行させていただき、力也兄の手伝いを通じて看護師としての基本に立ち返ることができました。また驚くべきことに、なんと会場の爆破予告があり、結果的には何も起こりませんでしたが、宣教活動に伴う『殉教』ということについて考えさせられました。私は医療従事者なので、人命救助や、人命・安全第一という考え方をする癖がついています。しかし、状況によっては、現場にいる宣教に赴いている信徒や観覧に来る一般人の人命や安全をも危うい状況に陥る覚悟で信仰を貫かないといけないのだと、この事から学びました。そして、パウロの宣教について思い出しました。コリントの信徒への手紙二11:23ー28です。「…(略)苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした…(略)このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。」その様なひどい目に遭っても、イエスキリストの信仰を持って宣教活動を続けたパウロは、たくさんの信仰の種を蒔き、同胞、異邦人を問わず交流し、その働きを通して、たくさんの人たちに絶えず福音を述べ伝えました。私はその様な宣教活動はできません。しかし、その恵みはいただきました。
私には好きな御言葉があります。ヨハネによる福音書15章13節です。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」今回の「生きる」個展を通して、関わってくださり、ご尽力くださった方々は、まさにこの御言葉を体現してくださったのではないかと思います。
心より感謝を申し上げます。
編集後記
主にあって、明けましておめでとうございます。 天主閣便りも30年以上にわたって皆さんにお届けして今月で344号となりました。ざっと344人の証をお届けしたことにもなります。今年はどんな方がイエス様と出会い人生を変えられるのでしょうか?時として涙しながら作り上げられるこの天主閣便りが世界中に届けられますように。【玉寄朋子】関連記事
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