7月号 Vol.350【アメリカ独立記念日に想う】

Written by 藤浪義孝牧師
数多くの困難に直面し大きなリスクを承知の上で大胆な決断を下したアメリカ建国の父たちから貴重な教訓を得ることができるでしょう。彼らは不確実性の中でも勇気を持ち、困難な決断を下しました。建国の父たちが英国の不正と権利侵害の体制に反対の立場を強く表明したように、リーダーは現状に挑戦し、困難な選択をし、確固たる信念を持って導く覚悟が必要です。勇気を示すことで、他者に自信を与え、成功への道に共に歩むよう励まし奮い立たせるからです。
キューバ危機を乗り越え核戦争を回避したジョン・F・ケネディの演説の「人はやるべきことをやる。それがたとえ個人的な結果を伴おうと、障害や危険、圧力があろうと。それがすべての人間の道徳の基盤である。」との公言は、建国の父たちが下した勇敢な決断を思い起こさせます。 先見の明のある目標を立てることによって、イノベーションを促進し成果を生み出します。建国の父たちは、統一された自由な国家という明確なビジョンを持ち、そのビジョンが彼らの行動を動機付け、後世にインスピレーションを与えたのです。リーダーは可能性の限界に挑戦する目標を設定し、説得力のあるビジョンを伝え、チームをその周りに結集させることで、チームを駆り立てる目的意識を生み出すことができます。「今月の言葉」
弱い者とみなしごとのためにさばき、悩む者と乏しい者の権利を認めよ。 弱い者と貧しい者とを助け出し、悪者どもの手から救い出せ
詩篇82篇3-4節
私は神様に「なぜこのような目にあうのでしょうか?私が何か悪いことをしましたか?」恨むような、叫ぶような、どうしようもない怒りをぶつけていました。自宅での介護が始まり、将来の見えない絶望を感じながらも、すがるような気持ちで、教会へ行き、何かが変わるのではないかと洗礼を受けました。しかし洗礼を受けても状況は変わらず、息子の症状が目に見えて良くなることもありませんでした。
ある日、息子の診察に聖ルカクリニックに行った時に、小林先生に声をかけられました。息子が昔ピアノを弾いていた事を、お知りになり、ピアノはリハビリや回復にとても役に立つことを教えていただき、マキキ教会の聖歌隊で弾いてみませんか?と言ってくださいました。はじめてマキキ教会に来ましたが、皆さんが親切で受け入れてくださり、人々の雰囲気も良く、とても好きになりました。息子は指がなかなか動かないと、教会には来なくなりましが、私は聖歌隊で賛美することを教わり、歌など歌ったことがなかったですが、皆さんと一緒に賛美する喜びを知りました。また小林先生が、優しく聖書を教えて下さるクラスにも参加し、少しずつイエス様のこともわかり始めてきました。 もし、イエス様を知らなかったら。。と思うと自分が今のような穏やかな気持ちで毎日暮らせないと思います。将来を考えたら問題は山積みです。しかし聖書は「明日のことは心配しなくてもよいのです。明日のことは明日が心配します。労苦はその日その日に十分あります。」(マタイ6:34)と言います。 私が心配をしなくても、神様が心配をしてくださり、私たちのために良い計画をお持ちの神様に聞き従って歩めば良いのだと思えるようになりました。主人は天に召されましたが、子どもたちが私を支えてくれ、何よりもいつも神様が私たちを祝福に導いてくださると信じて、これからもマキキの皆さんと楽しい信仰生活を送りたいと願っています.編集後記
来年はアメリカ建国250年です。日本で建国200年のお祝いをテレビで見たことを思い出します。たった250年で、なぜこのような大国になったのでしょうか? 答えは聖書の最初に書いてあります。「わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう」(創世記12章3節)このみ言葉をこれからもしっかり守り、行う国が増えるよう祈ります。【玉寄朋子】関連記事
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