6月号 Vol.361【忘れられない愛、与えられた平和】

Written by 藤浪義孝牧師
その静かで厳かな空気の中で、私は改めて、「平和」がどれほど大きな犠牲の上に与えられているのかを思わされました。
納骨式が行われる式場では、バグパイプによる “Amazing Grace” が奏でられました。その音色が記念墓地全体に静かに響き渡る中、ご家族と共に賛美しながら、私は深く心に留めていました。 キリストの犠牲によって、私たちは神との平和を与えられただけでなく、聖霊が共にいてくださるという恵みが与えられている、ということです。聖書には、このように記されています。「キリストこそ、私たちの平和です。」(エペソ2:14)イエス・キリストは、ただ平和を“与える方”ではありません。主ご自身が、私たちの平和なのです。今月の証
「信仰のしゃもじを渡す」
Written by 黒田朔 元日語部牧師(1983年~2011年)
「しゃもじを受け取る」若い人たちへの伝道は今も活躍しておられる元「翼の蔭の会」を軸に継続しつつ、新しくは国際結婚をしている人々を対象に教会の外で始めた「カップルズ・ミーテイング」はワイキキで働く人々への励ましと情報交換の場となり、実を結んでいきました。
中々うまく行かなかったのが「ミニチャーチ」です。日曜日クリスチャンではなく、信仰の日常化を励ますために週半ばに、生活の現場でみことばと祈り触れる機会を作ろうとしましたが、うまく根付きませんでした。そんな時、日本人宣教に重荷を感じていたホープチャペルのラルフ・モア牧師の励ましの中で「ミニチャーチ」を採り入れることにした時には、「色々やりましたが、先生、今度はうまく行きますか」と言われましたが、1990年代後半から参加者が増え、ミニチャーチの数も20を超すほどまでに、又、新しい人がミニチャーチを通して救われるようになり、「同じことを続けていただけなのに、これは神様の働きだ」と感謝しました。その蔭にどこかで、何時も開かれていた小さな家庭集会、1年365日、27年間、毎日欠かしたことのない「希望のダイアル」などを通して、徐々にではありますがしゃもじは次の世代へと手渡されて行きました。 これらを支える働きとしては、日系教会の伝道への仲の良い協力関係とそれに支えられたキリスト教ラジオ番組「心に光を」と「連盟アワー」や恒例となった「クリスマスコンサート」がありました。 それらに加え、私たち夫婦はマキキの英語部が送り出したジュリア本山宣教師をはじめ、キャサリン安原、河島民江、喜友名みどりなど宣教師によって導かれ、岸和田で救われた英語部の祈りの実でしたから、英語部のハワイカイ開拓にも参加するなど英語部の皆さんにも良く受け入れられたことも幸いでした。更に、不思議で感謝なことは現藤浪義孝牧師も又、その流れの中で岸和田で救われた一人です。 こうして奥村多喜衛牧師に育てられた一世の皆さんと共に「しゃもじを渡す」働きに迎えられた私たちでしたが、創立100周年を記念に「しゃもじを渡す次世代を育てるプロジェクト」として日英両語部共通ミニストリーとして始めた「レインボーコネクション」が今年も、高知からの学生を迎え、マキキからのアンバサダーチームを送り出すことが出来ています。 この様に、神様の働きの中で、1983年、私たちが一世から手渡された信仰のしゃもじは、2026年、日語部では三世の手に、英語部では四世の手に握られ、尚、次の世代へと渡されて行こうとしています。かつての移民の島、ハワイがこれからどのような変化と歴史を辿ろうとも、「信仰のしゃもじを渡し続ける」神の教会としてマキキ聖城キリスト教会が活かされ、用いられますようにお祈りします。関連記事
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