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4月 30, 2026 | 天主閣便り | コメント0件

4月号 Vol.359【受難週と復活祭 ・十字架に現された神の愛】

Written by 藤浪義孝牧師

先月、ハワイではコナ嵐があり、多くの地域で停電や浸水の被害がありました。不自由な思いをされた方も多かったと思います。このような出来事の中で、私たちは改めて、当たり前のように過ごしている日常の尊さを感じさせられます。 人生には、思いがけない出来事が起こります。病気や将来への不安、大切な人との別れなど、「どうしてこんなことが」と思うような出来事に直面することがあります。順調に進んでいると思っていた道が、突然止まってしまうように感じることもあります。 そのような時、私たちは自分の無力さを感じることがあります。これまで当たり前にできていたことができなくなったり、先の見えない不安に心が揺れたりすることもあります。また、周りの人と比べてしまい、「自分だけが取り残されているのではないか」と感じることもあるかもしれません。 しかし同時に、そのような時だからこそ、人の支えや温かさに気づかされることもあります。何気ない言葉や、小さな親切が、思いがけず心に力を与えてくれることがあります。

あるオリンピックの競技で、レースの途中で道具が壊れてしまい、もう続けられないと思われた選手がいました。

その時、ライバルチームのコーチが自分の道具を差し出し、その選手を助けたという出来事があります。本来なら競い合う相手であるにもかかわらず、その人は助けることを選びました。その行動は、多くの人の心を打ちました。 このような出来事に触れるとき、私たちは「人を思いやる心」の大切さを感じます。そして同時に、「自分も誰かに支えられている存在なのではないか」と気づかされることがあります。 聖書には、このような言葉があります。
「神は、私たちがまだ弱かったときに、私たちのために愛を示されました。」 聖書は、人は強く見えても、実は弱さや迷いを抱えている存在だと語ります。しかし同時に、そのような私たちを大切に思い、見捨てない存在があるとも語っています。イエス・キリストは、その愛を示すために十字架にかかられたと聖書は伝えています。
少し難しく感じるかもしれませんが、それは「あなたは大切な存在だ」というメッセージとして受け取ることもできるのではないでしょうか。 今、教会では「受難週」という時を迎えています。これは、イエス・キリストが苦しみの中を歩まれたことを思い起こす期間です。その中で語られているのは、苦しみの中にもなお人を思い続ける愛の姿です。 先月、あるご高齢の方が亡くなられました。その方は人生の後半になって、この愛を知り、それを信じる決心をされました。人生のどの時点であっても、新しい気づきや出会いがあることを教えられます。 また今、人生の終わりに近い時を静かに過ごしておられる方もいます。食事をとることも難しくなり、残された時間が限られている中で、その歩みを静かに受け止めておられます。そのような時にも、心に平安をもたらすものがあると、私たちは信じています。人は、自分の力だけで生きているように思うことがあります。しかし本当に弱さを感じる時、誰かの支えや、目に見えない支えの存在に気づくことがあります。
十字架は、一見すると悲しい出来事のように思えます。しかし聖書は、その出来事を通して愛が示されたと語ります。そしてその後には「復活」という出来事が続きます。それは、どんな暗闇の中にも終わりではなく、新しい始まりがあるという希望を表しています。 この希望は、特別な人だけのものではなく、今を生きる私たち一人ひとりに向けられているものです。どのような状況にあっても、すべてが終わりではないというメッセージです。 もし今、少し立ち止まっているように感じておられるなら、どうか覚えていてください。あなたのことを大切に思っている存在があるということを。そして、あなたの歩みには、まだ続きがあるということを。 この受難週、そして復活祭の時が、それぞれの心に静かな光と、新しい希望をもたらす時となることを願っています。

今月の証
「本山ジュリア物語 No.4」

Written by 宣教部

【戦争のためにハワイへ戻る】 私たち5人の米国人は1939年12月24日、横浜港からハワイへ向けて出航しました。遠ざかる富士山を眺めながら、「ここまでキリストを拒んでいる日本には二度と戻ってこない!」という決心をしたことを今でもよく覚えていると語ります。12月31日にホノルルの港に到着しました。翌1940年3月から母教会であるマキキ教会で奉仕することとなりました。しかし翌1941年12月7日(日本時間12月8日)の真珠湾攻撃により、ハワイ日系人社会の状況が一変しました。真珠湾が日本軍の攻撃を受けたとの知らせが教会に届いたとき、そこに居合わせた者はみな冗談Jokeかと思いました。大変なことになりました。 日米開戦後、ハワイ日系人社会が直面したのは、FBI・警察、憲兵隊による有力者の逮捕、アメリカ本土の収容所への強制連行、在米資産の凍結などでした。ハワイ移民により、日本国籍からの離脱を始め、日米開戦のころには多くの者が米国籍になっていました。 ハワイ生まれの本山ジュリアも米国籍のみを有する日系アメリカ人でした。青年たちは米軍の志願兵となり、厳しい訓練を受け、陸軍第100大隊や、第442部隊に配属され、戦地に送られたのです。本山ジュリアの弟、進は、イタリア戦線のモンテカッシーノの戦いで戦死しました。晩年になっても、弟、進を失った悲しみは消えませんでした。
「この戦争が終わったら、もう一度日本に戻る」

【平和を求めて】

「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。」(エペソ2章14節から15節)本山ジュリアが戦後、日本宣教に復帰した理由の一つに、イエス・キリストによる平和を、日米間だけではなく全世界に求める思いがありました。聖書に立ち社会と向き合う保守的な教会について、アメリカの宣教学者であり、日本宣教師であった、 D.ヘッセルグレイブは、「教会を神の聖なる御心を社会に実現するための心臓部heartとして位置づける」と説明しています。カウアイ島の親しくしていた宣教師の家に泊めていただいて夏休みを過ごしていた時、祈っていると「この戦争が終わったら、もう一度日本に戻る」という思いを主は与えてくださいました。朝のデボーション(祈り)の時、「主よ、あなたのよしと見た時に戻ります」と祈りました。すると心は平安で満たされました。 第二次世界大戦が終結して、二年後の1947年、マキキ教会での7年間の奉仕を終え、再び日本の地を踏むことになりました。詩篇32篇8節「わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしは、あなたがたに目を留めて、助言を与えよう。」との御言葉のごとく、たえず小さい者をも導いて用いてくださったことを覚え、主の御名をほめたたえるのです。 再来日する前年の1946年、アメリカのペンシルバニア州フィラデルフィアで、エステル・バーワ先生とアンナ・パフ先生と私は、日本宣教のためにJapan Gospel Fellowship(福音交友会)が、私を迎える手続きをしてくださいました。同年10月、私の乗っている貨物船は九州の佐世保港に着き、日本の地を踏むことができました。二度と日本に帰って来ないつもりの私でしたが、神に導かれて帰って来たのです。そこで懐かしいバーワ先生に迎えられました。進駐軍の汽車で大阪に向かう途中の車窓から日本の悲惨な状況を見た時、あの美しかった日本がこんなにまでひどくなってと胸が痛みました。大阪と和歌山を結ぶ国道26号線の両側も一面が焼野原と化し、焼け残った土蔵だけがあちらこちらにポツンと立っているありさまでした。 この年、1947年が戦後の日本宣教の第一年になりました。 続く 「この日をば、かの日に伝え」(福音交友会発行)より
編集後記

20年ぶりの大雨が続いたハワイの空にも、やっと青空が戻ってきました。(いつにになったら止むのだろう。。)どんよりとした空を眺めてため息をついていた日々のことなど、遠い昔のことのように感じる。人間の心の痛みに似ているかなとふと思う。あんなに苦しかった日々が今は懐かしく、逆にあの事があったからの今であることを感謝する。それも私たちが受けるはずの痛みを、イエスさまが十字架で受けてくださったから。。今年のイースターも感謝溢れる日であった。【玉寄朋子】

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